治療後の人生のための、がんの個別化医療

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【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長

医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長

がん治療では個別化医療という考えが広がりつつあります。

個別化医療とは、治療の効果に影響を及ぼす遺伝子的特性や環境要因を考慮して、一人ひとりの患者さんに最適な治療を提供するアプローチのことをいいます。

個別化医療(パーソナライズド・メディシン)や精密医療(プレシジョン・メディシン)というアプローチが提唱さえるようになったのは、2003年にヒトゲノム解読完了が宣言されて以降、人の遺伝子構造と薬の作用との関係を研究する薬理遺伝学や薬理ゲノミクスといった分野が急速に発展してきたことにあります。

薬の作用と患者さんの遺伝子情報

これらの研究が花開く前、従来の医療では個々の患者さんの遺伝子的特性と薬の作用について考慮されることはありせんでした。

ここで、よく知られている病気に対する薬の効果について少し見てみましょう。

2001年に米国で発表された研究報告によると、鎮痛剤は8割の人に効くけれど、リウマチの薬だと2人に1人は効かない。抗がん剤となると25%、つまり4人に1人しか効かないという結果がでています。

これは薬の作用がその人の遺伝子に関係しているからだと考えられています。

ヒトゲノムが解読され遺伝子と薬の作用についての研究がされ20年程経過した現在でも、個別化が実現している医薬品は少なく、多くの医薬品は個々の患者さんの遺伝子情報が考慮されずに、画一的なアプローチで薬が処方されているのが現状です。つまり、ある人には効果があっても別の人には効果がないことがあります。効果がないだけならまだしも、重篤な副作用が出てしまう可能性もあります。

がん治療における個別化医療

そんな中にあって、がん治療分野での個別化医療への取り組みがもっとも進んでいると言えるでしょう。

なぜなら、がんは生活習慣病であり、「遺伝子病」でもあるからですね。

がんは同じ病名で同じステージでも、遺伝子レベルで見るとさまざまなタイプがあります。

肺がんの患者さんを例にとると、

  • 7番染色体のEGFR遺伝子に変異がある患者さん
    → ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)など4つの治療薬が使用されています。
  • 2番染色体のEML4遺伝子とALK遺伝子の配列が繋がってしまっている、ALK融合遺伝子の患者さん
    → クリゾチニブ(商品名:ザーコリ)など4つの治療薬が使用されています。
  • その他にも5つの遺伝子異常に対応した治療薬が承認されています。

このように肺がんと言っても患者さんによって遺伝子変異は異なるため、薬を処方する前に付随する検査薬を使い調べた上で、処方するかどうかを判断します。

このような検査薬のことをコンパニオン診断薬といいます。その患者さんにとってその薬の有効性や副作用、投与量などを把握できるので、抗がん剤の有効率が上がることが期待されます。

さらにがん遺伝子パネル検査が登場し、一度に複数の遺伝子を検査できるようになりました。

コンパニオン診断薬とがん遺伝子パネル検査の普及は、無駄な治療をなくすことに繋がり患者さんにとってのメリットは大です。抗がん剤は効かないという考えは、近い将来払拭されるかもしれません。

がん治療における真の個別化医療を目指して

また、個別化ということで考えないといけない要素として、患者さんの年齢や生活の環境、人生設計などがあります。

例えば未婚の女性が乳がんになったとします。手術で乳房を一部または全部取るというのが標準的な治療だとしても、これから結婚をして赤ちゃんを産むという未来があるわけですから、術後の再発予防のための抗がん剤治療はやりたくないという人もいるでしょう。高齢でがんが見つかった場合、治療後回復が難しいので積極的にがん細胞を取り除くことより、がんと共存していく治療を考える人もいるでしょう。がん治療はその後の人生を再び生きるために行うものです。

患者さんにはそれぞれ人生観や死生観もあるでしょう。仕事をしているのか、介護する家族がいるのか、子供がいるのか、その人が今一番気にしていることは何なのか、そうしたことも考えた上で、その患者さんにとって最適の治療を提案するのが医師の大切な役割になります。

しかし、プロトコールに従う標準治療の場合、こうした部分に配慮が及ばないことがあるのです。

「提案した治療に納得ができないなら、もう診ませんよ」と言う医師もいるようですが、治療は実験ではありません。がんというやっかいな病気だからこそ、患者さんそれぞれの事情や希望なども考慮して、最善の方法を模索することが、これからのがん治療の求められるのです。

ヒトゲノム解析完了が契機となり提唱され始めた個別化医療というアプローチですが、このアプローチは遺伝子情報と薬の作用の関係だけに留まるべきではありません。

「がん」という病気に関する遺伝子検査を含めた精度の高い豊富な情報に加え、「患者さん」というその人固有の情報も理解し、治療を組み立てるということが、真の意味での個別化医療だと捉えて日々診療にあたっています。

一人ひとりにとって最適な治療がどこでも誰もが受けられるように、個別化医療の推進・普及に努めていきたいと思います。

東京 九段下 免疫細胞療法によるがん治療
免疫療法の東京キャンサークリニック
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