【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
がんはどうやって成長し続けているのだろうか。
答えは血管を新たに作る「血管新生」と「リンパ管新生」という現象であることが分かってきています。がん細胞は成長に必要な酸素と栄養を確保するために新たな血管と、不要な老廃物を排出するためにリンパ管を作ることで、自分たち専用のライフラインを張り巡らせていくのです。
血管新生はがん細胞の成長戦略
がん細胞が組織に定着し、がんが1~2mmの大きさになるとがん細胞は酸素不足になってきます。そこで酸素を手に入れるために血管を誘導する特殊な物質であるVEGF(血管内皮増殖因子)を分泌し、周囲の元からある血管に対して新しい枝を伸ばすように促し、酸素や栄養が供給される環境を作り出します。
こうして新たに形成された血管はがん細胞に酸素や栄養を供給するだけでなく、がん細胞を遠く離れた臓器に運ぶ役割も果たします。これががんの転移につながります。
そこで、がん細胞の血管新生という現象をターゲットとしたがん治療が開発されています。
血管新生をターゲットにしたがん治療
がん細胞の血管新生を抑制できればがんの成長や転移を阻止できるのではないか、という研究から抗血管新生薬が登場しました。
VEGF阻害剤
抗血管新生療法で最も一般的に使用される薬剤は、血管内皮増殖因子(VEGF)の作用を阻害するものです。
血管の形成を促すVEGFそのものを標的とする抗体により、VEGFが血管内皮細胞に作用するのを防ごうというものです。これにより、新しい血管の成長が抑制され、がん細胞は酸素や栄養を得られなくなることが期待できます。
チロシンキナーゼ阻害剤
チロシンキナーゼ阻害剤は、VEGF受容体や他の血管新生に関与するタンパク質の働きを阻害することで血管新生を抑制しようというものです。
VEGF受容体とは、血管内皮細胞の表面に存在するタンパク質で、VEGF(血管内皮増殖因子)と結合して新しい血管の形成を促進する重要な役割を果たしています。VEGFがVEGF受容体に結合すると、その信号が細胞内に伝達され、血管内皮細胞の増殖や移動が活性化されます。これにより、血管が新たに作られる過程が始まります。
副作用について
抗血管新生薬は、がん細胞だけでなく、体全体の血管新生にも影響を与えるため、副作用が生じることがあります。主な副作用には、高血圧、出血、血栓症、傷の治癒遅延などが挙げられます。
単独療法としてがん細胞の血管新生を阻害しがんの成長を抑制することが期待できますが、がん細胞を完全に消滅させることは難しいため、化学療法や放射線治療など他のがん治療と組み合わせて治療効果を高める戦略が推奨されています。
低酸素誘導因子(HIF)阻害の重要性
VEGF阻害剤は血管新生を一時的に抑える効果があるため、特にがんの初期段階や進行期において、がん細胞の成長を抑えることが期待できるのですが、次のような課題があります。
- 長期的な使用により、がん細胞がVEGF阻害に対する耐性を獲得
- すると、がん細胞は他の血管新生経路を活性化するか、血管を必要としない方法で成長
- 治療後、抑えられていた血管新生がリバウンドしがんが再び成長
- VEGF阻害剤によりがんが低酸素状態になることで、がん細胞が他の経路で増殖や転移を進める可能性がある
そこで研究されているのが、低酸素誘導因子(HIF)を阻害することで、がん細胞が低酸素状態に適応する能力を制限し、がんの進行を抑えようとするものです。
低酸素誘導因子 (HIF) は、細胞に対する酸素の供給と需要のバランスを一定に保つためのマスターレギュレーターと呼ばれるタンパク質です。がん細胞はこの恒常性システムを利用してがんの進行を促します。
HIFはがん細胞が新たに血管を形成しようとする時に関わるVEGFをはじめとする、複数の血管新生増殖因子の発現を活性化します。
VEGF阻害剤はがん治療において重要な役割を果たしていますが、耐性や低酸素環境への適応による効果の限界があります。VEGF阻害剤によりがんの低酸素状態が増加することで、がんの浸潤や転移の増加を刺激する可能性も示唆されています。
一方、HIF阻害は、がん細胞の低酸素への適応能力を直接狙い撃ちにすることで、血管新生経路や低酸素状態でも増殖し続ける能力を奪い、がん細胞の成長を直接的に抑制することが期待されています。
HIF阻害剤(低酸素誘導因子阻害剤)は、がん治療における新しいアプローチとして注目されていますが、他の分子標的薬と同様に副作用があります。貧血や高血圧、腎機能障害などの副作用が報告されています。これらの副作用は、HIFが正常な細胞における低酸素応答にも影響を与えるためです。
予防や生活習慣の観点から血管新生を抑える方法
薬剤による治療以外でがん細胞の血管新生を抑制するための治療法はまだ確立されていませんが、がんの進行や血管新生に影響を与えるライフスタイルが研究で示唆されています。これらはあくまでも、がん予防やがん治療の補助的な方法として考えられています。
食品・栄養素
血管新生を抑制する可能性があるという研究結果が示された食品や栄養素をいくつかご紹介しますが、動物モデルや細胞を使った実験での研究結果になりますので、あくまでも日々の生活の中で楽しみながら、気楽に取り入れていただく際の参考にしてください。
ウコン(クルクミン)
ウコンの有効成分であるクルクミンは、血管内皮増殖因子(VEGF)や低酸素誘導因子(HIF)など、血管新生を誘導するタンパク質の発現を抑制する可能性があります。また、慢性的な炎症ががんの進行を助長することが知られていますが、クルクミンは抗炎症作用があるため、がんの進行を妨げる可能性が期待されています。
クルクミンの生体内での吸収率は低く、効果的な血中濃度を維持するのが難しいとされていますが、クルクミンのナノカプセル化により効果を引き出す研究があります。
ワカメ・モズク(フコイダン)
フコイダンは、モズクやワカメなどの海藻に含まれる硫酸化多糖類です。フコイダンは、VEGFの生成を抑制することで新しい血管の形成を妨げ、がん細胞への酸素や栄養供給を制限することが示唆されています。また、フコイダンは、がん細胞に対するアポトーシスを促進することで、がんの成長を抑える可能性があります。
これらの研究は動物レベルでの研究のため、人での効果についてはまだ多くの研究が必要です。
緑茶(カテキン)
緑茶に含まれるエピガロカテキンガレート(EGCG)というポリフェノールは、血管内皮細胞の増殖を阻害し、VEGFの生成や活性を抑えることで血管新生抑制の可能性が示されています。
ぶどう(レスベラトロール)
ぶどうの皮や赤ワインに含まれる レスベラトロールは、HIF-1α(低酸素誘導因子)やVEGF(血管内皮増殖因子)の発現を抑制し、がん細胞の血管新生を妨げる可能性があります。動物実験では、レスベラトロールの摂取ががんの血管新生と成長を減少させる効果が報告されています。
大豆(イソフラボン)
大豆に含まれる イソフラボン(特にゲニステイン)は、VEGFのシグナル伝達を抑制し、血管内皮細胞の成長や移動を阻害することで血管新生を妨げることが示唆されています。大豆やゲニステインを含む食品が乳がんや前立腺がんのリスクを下げるという観察結果があり、血管新生の抑制がその一因と考えられています。
ケールやブロッコリー(スルフォラファン)
ケールやブロッコリーに含まれる スルフォラファンは、VEGFやその他の血管新生促進因子を抑制し、がん細胞への血管新生を減少させることが報告されています。
ベリー類(アントシアニン)
ブルーベリー、ブラックベリー、ラズベリーなどのベリー類に含まれる アントシアニンはがん細胞の酸化ストレスを減少させ、炎症を抑えることで血管新生を妨げる可能性があります。アントシアニンの含有量が豊富なベリー類が、血管新生を介したがんの増殖を抑える効果を持つ可能性が報告されています。
ニンニク(アリシン)
ニンニクに含まれる アリシンという成分は、VEGFやその他の血管新生因子の抑制を通じて、がん細胞への血液供給を阻害する可能性があります。細胞実験や動物研究で、アリシンが血管新生を抑制し、がんの進行を遅らせる可能性が報告されています。
クミンやカイエンペッパーなど
一部のスパイスには、抗炎症作用や抗酸化作用があり、これらが血管新生を抑制する可能性が研究されています。
クミンに含まれる成分が炎症を抑え、血管新生を制御することが示唆されています。カイエンペッパーに含まれるカプサイシンは、腫瘍血管の成長を妨げる可能性があります。
適度な運動
適度な運動は、免疫系を強化し、体内の炎症を抑える効果があります。特定のがんに対しては、運動ががん細胞の増殖や血管新生を抑制する可能性が示唆されています。ただし、過度な運動は逆に酸化ストレスを引き起こすことがあるため、バランスが重要です。
関連コラム「がんサバイバーと運動」
ストレス管理
慢性的なストレスや高いレベルのストレスホルモン(コルチゾール)は、がんの進行に寄与する可能性があります。リラクゼーションやマインドフルネス、瞑想などのストレス管理法は、血管新生や炎症反応に対する体の反応を調整するのに役立つとされています。
炎症の抑制
慢性的な炎症は、がんの進行や血管新生を促進する可能性があります。以下の方法で炎症を抑えることががん細胞の活動を抑制する一助となるかもしれません。
- 抗炎症作用のある食品(オメガ3脂肪酸、ターメリックなど)
- 睡眠の質を向上させる
- 禁煙と過剰なアルコール摂取をしない
- 腸内環境を整える
酸素をたっぷり取り入れる
先にお話ししたように低酸素状態になると低酸素誘導因子(HIF)が活性化され、がん細胞は低酸素に適応し、血管新生を促しながら成長を続けます。このようにがん細胞周囲の酸素レベルが低くなることは、がんの進行にとって有利な環境となります。
深呼吸や様々な呼吸法により血中の酸素量が一時的に増加することで、体内の酸素供給を補助し、低酸素状態の改善に寄与することが考えられます。しかしながら、がん細胞周囲の酸素濃度に直接的に影響を与えることは難しいため、呼吸法による影響は限定的と考えられます。
それでも呼吸法などにより体全体に酸素を供給することは、ストレスの軽減、炎症の抑制に一定の貢献をする可能性はあります。
がん治療における血管新生の意義
がん細胞は自分自身の成長のために新しい血管を作り出すという驚異的な能力を持っており、この「血管新生」ががんの成長と転移に関わっていることをご理解いただけましたら幸いです。
血管新生を阻止する治療法は今後の研究により、さらに最適な治療法が確立されることが期待されています。
東京 九段下 免疫細胞療法によるがん治療
免疫療法の東京キャンサークリニック
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