【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
今から20年近く前の2006年に、分院として自由診療のクリニックを開設しました。その当時から提供している治療の一つにキレーション療法があります。デトックスやアンチエイジングの一環として紹介されることもありますが、本日はあらためて、キレーション療法についてお話したいと思います。
キレーション療法の仕組み
キレーション(chelation)とは、蟹のハサミを意味するギリシャ語の「chele(キール)」に由来します。キレート剤と呼ばれる化合物が金属イオンを「ハサミでつかむ」ようにして結合する現象を指します。
キレーション療法では、ビタミンやミネラルに加え、EDTA(エチレンジアミン四酢酸:アミノ酸に似た人工の有機化合物)を調合した溶液を点滴で投与します。これにより体内の鉛、水銀、ヒ素などの有害な重金属と結合し、腎臓を経由して尿とともに排泄されます。
キレーション療法の臨床応用
米国では1950年代初頭から、重金属中毒に対する治療としてキレーション療法が導入されてきました。
その後、「血管壁のカルシウム沈着(石灰化)を除去できるのではないか」という仮説から、1960年代以降はアテローム性動脈硬化症などの心血管疾患への応用が試みられるようになりました。
現在、米国食品医薬品局(FDA)が承認しているのは重金属中毒に対してのみであり、心血管疾患に対する適応は承認されていません。
研究と最新の知見
50年以上の臨床応用の歴史の中で、小規模な研究や一部の解析では心血管疾患への効果を示唆する結果も報告されてきましたが、結果は一貫していませんでした。
2013年に初めて大規模な臨床試験(TACT試験)が行われたところ、心臓発作の既往歴のある人に統計的に有意な相対リスク減少がみられ、特に心筋梗塞の既往歴がある糖尿病患者においては、顕著な有効性が示唆されました。そこで2024年に、追試験として同様のデザインで再び大規模臨床試験(TACT2試験)が行われましたが、前回の結果を再現できず、臨床的に有意な効果は確認されませんでした。
このため、現時点では心血管疾患に対する効果は科学的に確立されていないというのが結論です。
一方で、研究を主導した医師らは「キレーション療法が血中の鉛を効果的に減らす作用を持つこと」は認めており、鉛曝露が高い地域や特定の集団では再評価の余地があるのではないか、という慎重な見解も示しています。
重金属と健康
鉛・カドミウム・水銀・ヒ素といった有害金属は、過剰に蓄積すると
- 神経疾患
- 腎障害
- 骨の障害
- 心血管疾患やがんのリスク上昇
など、さまざまな健康被害と関連します。
キレーション療法がこれらの有害金属を体外に排出する作用を持つこと自体は確立されていますが、それが疾患の予防や治療に直接つながるかどうかは、今後の研究課題です。
天然のキレート作用を日常に
野菜や果物に含まれる成分にも「弱いキレート作用」があります。キレーション療法のように強力な効果はありませんが、日常的な食事の中で有害金属の吸収を減らしたり、排泄を助ける働きが期待されます。
- 食物繊維(ペクチン): りんご、柑橘類、人参など
- フィチン酸: 穀物、豆類、ナッツ類
- ポリフェノール類: 緑茶、ぶどう、ベリー類、玉葱など
- 硫黄化合物: ニンニク、玉葱、ブロッコリーなど
- クエン酸: 柑橘類
こうした食品を取り入れることは、健康全般の維持にも役立ちます。
最後に
キレーション療法は、重金属中毒に対しては確立された治療です。
一方で、心血管疾患に対する効果は大規模試験では有効性が示されていないため、確率した治療とはいえない段階です。
キレーション療法は誰にでも同じように効く治療ではありません。重金属曝露の程度や体質、基礎疾患、栄養状態などによって適応や安全性が大きく変わりますので、個別化医療の視点が欠かせません。
副作用としては低カルシウム血症、腎機能障害、点滴リスク、さらには必須ミネラル欠乏などがあり、適切な管理が必要になります。
日本では健康保険適用外の自由診療で提供されています。キレーション療法に興味がある場合、正しい情報を踏まえたうえで、必ず主治医と相談してください。
このコラムが皆様のお役に立ちましたら幸いです。
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