【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
前回のコラム「なぜ細胞はがん化するの?」では、がんは一本道の線的なプロセスで進むのではなく、複数のステップが複雑に絡み合いながら、動的かつ重層的に進行する現象であることをお話ししました。
今回は、正常な細胞ががん化する際に関与する「DNA損傷」についてお話しします。
DNAが損傷を受ける原因は、「外からの影響(外因性)」と「体内で自然に、あるいは外因の影響を受けて生じるもの(内因性)」に大きく分けられます。
DNA損傷のきっかけとなる外因性の要因
紫外線
紫外線暴露によりDNAに塩基損傷産物(CPD)が生成され、これが遺伝子の守り神といわれるp53に変異を引き起こすことで、がん化の引き金となることがあります。
電離放射線
電離放射線は自然界や医療現場など、意外と身近に存在していますが、通常レベルの暴露であれば健康への影響はごくわずかです。ただし、高線量または長期にわたる被ばくはDNAを損傷し、発がんリスクを高めます。
喫煙・受動喫煙
タバコの煙にはベンゾ[a]ピレンやNNKなど、少なくとも70種類の発がん物質が含まれています。喫煙や受動喫煙による長期的な曝露は、避けがたい発がんリスクにつながります。
アセトアルデヒド(アルコール代謝物)
飲酒によって体内に取り込まれたエタノールは、肝臓で分解される過程で有害物質であるアセトアルデヒドが生成されます。この物質が血中や粘膜中に長く残るとDNAを損傷し、発がんリスクを高めます。アセトアルデヒドはALDH2という酵素によって分解・無毒化されますが、日本人の約40%はこの酵素の働きが弱い(低活性または不活性型)体質といわれています。
一部の化学物質
タバコやアルコール以外にも、私たちの生活環境にはDNAを損傷する化学物質が潜んでいます。例えば、アフラトキシンB₁(カビの生えた穀物やナッツ)、ニトロソアミン(加工肉や保存料)、多環芳香族炭化水素(焦げた肉や魚)、ホルムアルデヒド、農薬、ヒ素やカドミウムなどの重金属、PFAS(ピーファス)などです。影響の程度は、暴露量や頻度、さらには遺伝的な体質によって異なります。日常のちょっとした選択がリスクの軽減につながります。
ウイルス
HPV(ヒトパピローマウイルス)、HBV(B型肝炎ウイルス)、HCV(C型肝炎ウイルス)、ヘリコバクター・ピロリ菌、EBウイルス、HTLV-1などのがん性ウイルスは、細胞内に入り込み、自らを複製するために細胞のDNAに遺伝子を組み込むことで、DNAを直接損傷したり、遺伝子発現を狂わせたりします。
大気汚染
PM2.5やディーゼル排ガスなどは空気を通じて体内に取り込まれ、酸化ストレスや炎症反応を引き起こすことでDNAを損傷します。長期的な吸入や高濃度の暴露は、がんや呼吸器・循環器疾患のリスクを高めます。
内因性のDNA損傷(体内で自然に、または外因の影響によるもの)
活性酸素種
活性酸素種とは、体内の酸素が「反応性の高い状態」に変化した分子のことで、非常に不安定で攻撃性があり、DNAを含む細胞成分を傷つけます。これはミトコンドリアでのエネルギー産生、炎症反応、アルコール代謝、加齢やストレスなどによって生じます。
DNA複製エラー
DNA複製エラーとは、細胞分裂時にDNAをコピーする過程で起こる塩基の打ち間違いです。通常はミスマッチ修復機構によって修正されますが、この修復機構に関わる遺伝子に変異や欠失があると、正しく働かず、結果としてDNA配列に異常(損傷や変異)が残ることがあります。
アルデヒド
アルデヒドはアルコールや脂質、アミノ酸などの代謝により体内で生成される化学物質です。様々な種類のアルデヒドがありますが、飲酒のときに発生するアセトアルデヒドがよく知られています。これらがDNAの塩基や骨格に結合して損傷を引き起こすことがあります。
エピジェネティックの異常
エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子のオン・オフを制御する仕組みです。エピジェネティックが正常に機能することで、必要な遺伝子を、必要なタイミングで、必要な場所だけで使うことができるのです。
この制御に異常が起きると、生物の設計図(DNA)は無傷でも、重要な遺伝子が“読まれない”状態になります。例えば、DNA修復に関わる遺伝子のスイッチがオフになると、日々生じるDNA損傷が修復されず蓄積し、がん化に至ることがあります。
エピジェネティックな異常は、直接DNA配列を変えることなく、修復やゲノム安定性に関わる遺伝子の“沈黙”を通じて間接的にDNA損傷の蓄積を促します。
エピジェネティクスは、まさに「生き方の調整機能」です。私たちの健康は、遺伝子という「設計図」だけでなく、それをどう“読み、使うか”という視点まで含めて成り立っているのです。
炎症性サイトカイン・慢性炎症
炎症とは、細菌・ウイルス・異物などの外敵や組織損傷に対する体の防御反応で、「赤くなる、腫れる、熱が出る、痛む」といった症状は免疫細胞が戦っているサインです。
体内で異物が検出されると、マクロファージや樹状細胞がサイトカインを放出し、それが「警報」の役割を果たし、他の免疫細胞に「防御モード」への切り替えを促します。
ところが、炎症が長引き慢性化すると、この警報が鳴りっぱなしになり、正常な組織まで攻撃されるようになります。以下のような経路でDNA損傷や発がんにつながることがあります:
- 活性酸素種や一酸化窒素の過剰産生
炎症部位では免疫細胞が殺菌のために活性酸素種や一酸化窒素を産生しますが、過剰に産生され続けると周囲の正常細胞のDNAも傷つけてしまいます。 - DNA修復機構への影響
過剰な炎症性サイトカインは、DNA修復に関与する酵素の発現や活性を抑制します。 - 細胞分裂刺激による変異の固定
炎症性サイトカインには細胞の増殖を促すものもあるため、このサイトカインを出し続けることで、損傷が修復されないまま分裂が進み、DNAの塩基配列が元の配列と異なる誤った情報のまま固定されて「遺伝子変異」となってしまうことがあります。
最後に
DNA損傷は、多くの場合「がん化プロセスの出発点」となります。ただし、損傷=即がん、というわけではありません。その後、複雑な制御系のバランスが段階的・多面的に崩れていくことで、がん化に至るのです。
放射線や化学物質による直接的なDNAの切断、ウイルスによる遺伝子挿入、活性酸素種による酸化的損傷、細胞分裂時の複製エラーなど、DNA損傷の原因は多岐にわたります。
現代社会に生きる私たちにとって、DNA損傷は日常的に起こり得る現象です。それでも通常、細胞には修復機構が備わっており、損傷があっても修復されたり、修復不能な場合はアポトーシス(プログラムされた細胞死)によって排除されます。
しかし、修復機構やアポトーシスに関与する遺伝子そのものが損傷を受けると、がん化への道が開かれてしまいます。
したがって、がんにならないためには、DNAをできるだけ損傷させないことが重要です。そして、私たちの日々の選択によって、そのリスクを減らすことは可能です。
将来的には、がんを防ぐ薬やDNAを修復する医療技術が登場するかもしれません。しかしそれまでは、耳にタコができるほど聞いてきた「生活習慣の見直し」が、最も確かな予防策なのです。
細胞レベルで自分の身体を考え、日常生活を見つめ直していきましょう。
東京 九段下 免疫細胞療法によるがん治療
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