【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
毎年5月31日は世界禁煙デーです。
厚生労働省の2019年の調査によりますと、日本での喫煙率は習慣的に喫煙している者(20歳以上)の割合は16.7%で、男性 27.1%、女性 7.6%という結果です。
この10 年間でいずれも有意に減少しており、年齢階級別にみると、30~60 歳代男性ではその割合が高く、3割を超えているとのことです。
昔は、タバコをやめて5年経てば肺が元に戻ると言われていました、それは希望的観測で、悪くなった肺は戻らないことがわかっています。
百害あって一利なしと言われる喫煙ですが、改めてタバコについてお話しさせていただきます。
タバコの煙の生体への影響
タバコの煙には約5300種類の化学物質が含まれており、その多くは有害です。少なくとも 70 種類はがんを引き起こす可能性があることがわかっています。
喫煙するとこれらの化学物質は、口から上気道を通って速やかに肺胞に到達します。そして肺胞の周りの毛細血管から血液中に取り込まれ全身に運ばれます。
肺に到達した化学物質は、煙を吐く時に口や鼻を通ります。このように、喫煙することで口、鼻、気管、肺、そして全身が化学物質にさらされることになります。
喫煙が原因で起こる病気
喫煙が原因で起こる病気として、次の疾患が挙げられています。(厚生労働省「喫煙と健康」平成28年8月)
がん
肺,口腔・咽頭,喉頭,鼻腔・副鼻腔,食道,胃,肝,膵,膀胱,子宮頸部のがん
タバコの煙に含まれる化学物質は細胞のDNAを損傷します。DNAの損傷が修復されずに損傷が蓄積されることなどにより、がんになると考えられています。
循環器疾患
虚血性心疾患,脳卒中,腹部大動脈瘤,末梢動脈硬化症
タバコの煙には心血管系に作用する化学物質が含まれています。
- ニコチン
交感神経を刺激して心拍数の増加や血圧上昇
心筋の収縮と酸素需要の増加
血管の収縮による血流量の低下や酸素や栄養の供給を低下 - 一酸化炭素
酸素供給能力の低下
血管内皮の組織障害
血栓形成 - 活性酸素
炎症反応を誘発
動脈硬化や血栓の形成
呼吸器疾患
慢性閉塞性肺疾患(COPD),呼吸機能低下,結核
タバコの煙に含まれる化学物質は肺の組織に炎症等を引き起こし、慢性的な呼吸機能の低下の原因となります。
肺を損傷する可能性のあるタバコの煙に含まれる化学物質として、アクロレイン、ホルムアルデヒド、窒素酸化物、カドミウム、シアン化水素があります。これらの化学物質が気道や肺にある気嚢や肺胞を炎症、酸化、損傷に関わっていると考えられています。
タバコと病気予防の研究
喫煙は様々な病気の危険因子であることをお話ししてきましたが、その一方で、タバコの煙に含まれるニコチンなどの化学物質が病気予防や改善の治療手段になるのではないか、という研究が長年行われてきました。
パーキンソン病
複数の研究で、タバコを吸う人は吸わない人よりもパーキンソン病を発症するリスクが低いことがわかっています。しかし、タバコの煙に含まれるニコチンやその他の化学物質が、パーキンソン病の作用を阻害する役割を果たしているのかについては不明です。
その他の病気
パーキンソン病以外では、喫煙とアルツハイマー型認知症の予防と改善の可能性、子宮筋腫や子宮内膜症の発症リスク低下の可能性などの研究が行われており、タバコを使用することでこれらの病気の予防効果や改善をもたらす可能性が示唆されています。
現時点で根本的な治療法がないパーキンソン病やアルツハイマー型認知症については、その発症メカニズムの解明とタバコの研究が進めば、タバコが治療として使用されることになる可能性はあるかも知れません。
しかしながら、喫煙によって予防・改善されるケースより、喫煙よって引き起こされる様々な病気の発症率の方がはるかに高く、健康リスクがとても大きいということを忘れてはいけません。
この話題はまだ研究段階であるという事と、“タバコが特定の病気予防の可能性があるなら、タバコは体にいいのでは?”と誤解なさらぬよう、くれぐれもお願いいたします。
肺がんと遺伝子
肺がんを誘発する最大の危険因子が喫煙です。
タバコの煙の中には少なくとも 70 種類の発がん物質が含まれており、その中でベンゾピレン(厳密にはベンゾ[a]ピレン)が肺がんの発生に大きく関わっていることがわかっています。
ベンゾピレンが喫煙によって体内に入ると、第一段階の代謝(第1相反応)ではその発がん毒性が活性化され、第二段階の代謝(第2相反応)では解毒・無毒化されます。
この代謝がどう進むかを左右するのは酵素です。酵素は遺伝子の指令によって作られます。ある人の体内ではタバコ由来の発がん物質を無害化する代謝に必要な酵素が作られるのに対し、ある人ではそれが作られないという差があり、これは遺伝子の有無によって決定されます。
チトクロームP4501A1(CYP1A1)遺伝子
上記イラストにあるように、チトクロームP4501A1(CYP1A1)遺伝子は、タバコ由来の発がん物質の代謝の第一段階を支配する遺伝子です。
この遺伝子にはA型、B型、C型の3タイプがあり、肺がんになった人ではC型の割合が高いことが統計的に確認されていて、特に扁平上皮がんの場合にはよりC型の割合が高いと報告されています。A型であれば肺がんのリスクは低く、B型は中間です。
C型の場合、タバコの煙の中の発がん物質によって酵素誘導が起こり、誘導された酵素によって発がん物質の代謝活性化がさらに進むために発がんしやすくなるのだと考えられています。
グルタチオンSトランスフェラーゼ(GSTM1)遺伝子
グルタチオンSトランスフェラーゼ(GSTM1)遺伝子は発がん物質代謝の第二段階、つまり解毒・無害化にかかわる遺伝子です。
この遺伝子がある人では、タバコを吸っているとしても発がん物質の代謝が順調に進むという意味で肺がんになる可能性は低くなります。逆にこれが欠損していれば代謝・排泄が滞るため肺がんのリスクが高まります。
従って、CYP1A1遺伝子がC型でありGSTM1遺伝子が欠損していると判明した人が、すでに喫煙者であり今後も喫煙を継続するなら、肺がんの発症リスクは極めて高いと覚悟するべきです。
逆に、CYP1A1遺伝子がA型でありGSTM1遺伝子がある人では、喫煙しているからといって肺がんのリスクが高まるとは思われません。ヘビースモーカーなのに健康だという人は、このタイプの人だと思われます。
肺がんの心配はなかったとしても、、、
喫煙は、これも厄介な疾患である肺気腫のリスクを高めます。
現在、肺気腫関連遺伝子としてα1アンチトリプシン(α1AT)遺伝子と、ヘムオキシゲナーゼ-1遺伝子の異常が報告されています。
いずれは肺気腫にかかわる遺伝子検査も行えるようになるでしょうから、発がん物質の代謝に関わる遺伝子検査の結果も含めて、ほぼ安心してタバコを楽しめる“遺伝子条件”も確認できるのかも知れません。
とはいえ、タバコはやめた方がいいというのが私の意見です。
仮に自分が遺伝子的にタバコを吸っても低リスクな体質だったとしても、周りにいる人の遺伝子状態がわからないからです。隣の人が肺がんの発症リスクの高い遺伝子を持っているかも知れません。あなたのタバコの煙が少なからず発症の一因となってしまうことがあるかも知れないのです。
今回はタバコについてあれこれとお話しさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
愛煙家の方にとっては気分を上げたり、下げたりするお話しだったかも知れません。
体はこの人生を生き抜くために与えられた大切な乗り物です。どうぞ体の声に耳を傾けメンテナンスしながらお大事にお過ごしください。
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