【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
がんと診断されると、安静にして運動を控えるようにしている人も多いと思います。運動は健康な人がするものと思われているかもしれませんが、がんサバイバーこそ定期的な運動が重要だということが分かってきました。
がんの治療中に活動的に過ごしていたほとんどの人は、
- 副作用が少なかった
- 回復が早かった
- 再発のリスクが軽減した
という研究結果がでています。
今回このコラムで言う「運動」とは、散歩、家事、ウォーキングやサイクリングから、テニスなどの各種スポーツなどの身体的活動をすべてまとめて、「運動」と表現させていただきます。
運動はがんサバイバーにとって有益
運動とがんに関する研究は米国で複数の大規模な疫学的研究と前臨床研究が完了しており、がんサバイバーにとって運動は、がん治療前、治療中、治療後において、あらゆる種類の利益をもたらすことが示されています。
定期的な運動がもたらす恩恵として次のことが挙げられます。
- 不安の軽減
- 抑うつ症状の軽減
- 倦怠感・疲労の軽減
- QOL(生活の質)の改善
- 身体機能の改善
- 睡眠の改善
- 骨の健康の改善
乳がんに関連した上肢リンパ浮腫を悪化させるリスクはありません。
最近の研究によると、乳がん治療後に徐々に負荷を上げていく運動は、リンパ浮腫を引き起こさなかったということを示しています。別の研究では、ウォーキングのような中等度の有酸素運動とウエイトを使った筋力トレーニングは、乳がん治療後のリンパ浮腫のある女性に安全であり、身体をよく動かすことが推奨されるということを示しています。
現在では、運動は正しく行えばリンパ浮腫の管理に重要であり、ほとんどの人にとって安全だと考えられています。
- 小さい負荷からスタートして、徐々に負荷を上げていくこと。
- 運動中は患部の腕か脚に圧迫スリーブ/ストッキングの着用すること。
- 患部の腕や脚が疲労するまで運動しないこと。
- 体調を見ながら、医師や専門トレーナーと相談しながら行ってください。
がんサバイバーのための運動ガイドラインから
アメリカスポーツ医学会(ACSM)が、がんサバイバーのための運動ガイドラインを発表しています。これは世界の16 の主要な医療機関などからなる専門家委員会により承認されたエビデンスに基づく国際的なガイドラインです。
このガイドラインから一般的な運動量を紹介させていただきます。
有酸素運動 – どんな運動でもしないよりはまし!
入門編
毎日数分でも動いてください。
運動する習慣がまったくない人は、毎日10分程度のウォーキングから始めてみましょう。朝に5分、午後に5分でも構いません。少しずつ時間を増やしていき、1日30分まで延ばしていきましょう。
ウォーキングが好きでなければ、ジョギング、サイクリング、ダンス、水泳、テニスなど、ちょっと息が上がるような有酸素運動で、自分が楽しいと思うものを選んでください。
椅子に座ったまま足踏み、膝を蹴り上げる、腕を回すなど、“座ったまま運動”から始めてもいいですね。
洗濯、掃除、庭の手入れといった日々の家事もいい運動になるので、運動の入門編にはうってつけです。体を動かす時間はすべて運動としてカウントします!
運動に慣れている人
最大限の効果を得るための運動量を示します。
- 治療開始前:
有酸素運動を週150~300分まで増やします。 - 放射線治療・化学療法中:
週3回30分間の中等度の有酸素運動。何らかの症状があり激しい運動ができない場合は、毎日30分間の軽い強度のウォーキング。 - 手術後:
ベッドから出ても大丈夫になったら、すぐにベッドから出て、有酸素運動を8週間かけて徐々に持続時間増やしていき、週150~300分まで増やします。手術後は、運動の強度ではなく持続時間に意識を向けます。 - ホルモン療法中:
週に150~300分に増やします。 - 治療後:
週150~300分に増やします。
これらはあくまでも最大限の効果を得るための一般的なガイドラインです。患者さんの年齢、病状、がんの種類、治療方法、その時の体調などによって考慮する必要があります。
筋トレ – 持ち上げる重いものを見つけましょう
がん治療中、治療後に筋肉量は減少してしまいます。
筋肉量が減少すると歩行スピードが落ちる、つまずく、ケガをしやすくなる、血流が悪くなるなど、身体機能の低下とともに疲れやすい体になってしまいます。
このような状態にならないよう、治療前、治療中、治療後に筋力トレーニンングのプログラムを取り入れることを強くお勧めします。
ただし、手術直後は、手術創が治癒するまで筋トレを行ってはいけません。
まずは自宅で水の入ったペットボトルから始めて、物足りなくなったら手提げ袋を2つ用意して、そこに数本ずつ入れて持ち上げてみましょう。楽しくなってきたらダンベルを購入してもいいかも知れません。
筋力トレーニングが初めての人は専門のトレーナーに教わるか、本や動画を参考にするといいですね。また、病状や体調により筋力トレーニングが向かないこともありますので、主治医やトレーナーと相談しながら行ってください。
目的別の運動量
- 疲労の改善/痛みの改善/QOLの改善/身体機能の改善/抑うつ症状の改善
有酸素運動:30分-60分/回を週3回
筋力トレーニング:一つの動きを8-15回繰り返すX 2セットを週2回 - 不安の改善/睡眠の改善
有酸素運動:30分-60分/回を週3回 - 骨の健康状態の改善
筋力トレーニング:一つの動きを8-15回繰り返すX 2セットを週2回
運動は薬です
運動を日常的に取り入れていくことで、気分の変化やがんに関連した諸症状が快方に向かうのを感じることと思います。それ故に運動は薬と言われています。
治療前から運動習慣を身につけることが理想ですが、いつから始めても遅くはありません。
ゆっくり、少しずつ始めてください。
主治医や専門のトレーナー、理学療法士などに相談しながら行ってください。
食事については触れませんでしたが、運動と並行して栄養管理もとても大切です。持久力や筋力をつけるには、良質のたんぱく質を中心としたバランスのいい食事を心がけてください。
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このコラムを書いている今は春爛漫で、活動的になるにはもってこいの季節です。さあ、今日から少しずつ動いて行きましょう。
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