【執筆・監修】 阿部 博幸
東京キャンサークリニック理事長
医学博士
一般社団法人国際個別化医療学会理事長
早咲きの桜やソメイヨシノの蕾のふくらみに、春の訪れを感じる季節になりました。
私たちの体も植物と同様に春を感じて着々と変化しています。体というより正確には腸内細菌です。
腸内細菌の季節変動
腸内細菌の構成は一年を通じて一定ではなく、季節によって変動すると言われています。
春になると気温が上昇し、水分の摂取量が増えるほか、日照時間が長くなることでビタミンDの生成が促進され、腸内細菌の多様性が高まると考えられています。
また、根菜類や白い野菜が中心となる冬が過ぎると、春にはフキノトウやタラの芽、菜の花などの春野菜や山菜、さらには多種類の果物が食卓を彩ります。これらの食材にはポリフェノールや食物繊維が豊富に含まれており、腸内細菌の組成に影響を与えるとされています。
さらに、気温や食事の変化に加え、春はスギやヒノキの花粉が大量に飛散し、免疫システムの過剰反応によって花粉症が引き起こされます。
花粉自体が直接腸内細菌に影響を与えるわけではありませんが、腸内細菌は免疫システムと密接に関わっているため、花粉が多く飛散する時期には花粉による免疫応答の変化が、腸内細菌叢に間接的な影響を与える可能性があります。
ここからは、この季節に多くの人が敏感になる花粉を通して腸内細菌と免疫についてお話していきます。
腸管免疫と花粉症 ~リンパ球のTh1細胞とTh2細胞のバランス~
腸内細菌が住んでいる腸は、腸内細菌の他にも食物由来の抗原や病原体など外部からの刺激を最も多く受けるため、免疫防御システムが特に発達している臓器です。免疫細胞の70~80%が腸管に存在し、腸内細菌は腸管の免疫細胞と相互作用しながら免疫応答を制御しています。そのため、腸は極めて重要であり、最大の免疫臓器とも言われています。
腸管に存在する免疫細胞の一種であるヘルパーT細胞は、Th1細胞とTh2細胞というタイプがいます。この「Th1細胞とTh2細胞のバランス」は、自己免疫疾患やがん、アレルギー疾患の発症や進行に重要な役割を果たしていることが分かっています。
健康な免疫システムではTh1細胞とTh2細胞のバランスが保たれていますが、現代人はTh2細胞が優位になりやすい傾向があります。
Th2細胞はB細胞を活性化し、IgE抗体の産生を促進するため、Th2細胞が優位になると花粉症や喘息などのアレルギー反応が引き起こされます。
Th1細胞とTh2細胞の役割
- Th1細胞は、細胞を介した病原体(ウイルス・細菌・がん細胞)の排除
※Th1が優位になると自己免疫疾患になるリスクが高まる - Th2細胞は、体液中の抗体を介した病原体(寄生虫・アレルギー)の排除
※Th2が優位になるとアレルギーになるリスクが高まる
このTh1細胞とTh2細胞のバランスが崩れる原因の一つとして、腸内環境の乱れが挙げられます。腸内環境の乱れとは、一言で言うと腸内細菌の多様性の低下を指します。
腸内細菌は免疫細胞の働きを間接的に左右し、免疫バランスに大きく影響を与えています。言い換えれば、腸内細菌は免疫システム全体を調整する指揮官のような存在とも言えるでしょう。それほどまでに腸内細菌は重要なのです。
Th1細胞とTh2細胞のバランスのために腸内細菌を整えよう
腸内環境が良好であれば、Th1細胞とTh2細胞のバランスが整いやすくなり、花粉症の症状が軽減される可能性があります。その逆に、腸内環境が乱れると、症状が悪化しやすいことが分かっています。
実際に、花粉症患者の腸内細菌の組成は、花粉症ではない人とは異なることが報告されています。
ここでは、腸内細菌の多様性を高め、腸内環境を整えるための食事について見ていきます。
(1) プロバイオティクスを摂る
- 味噌、納豆、漬物などの伝統的な日本食
- ヨーグルト
プロバイオティクスとは、有益な生きた細菌のことで、腸内環境や免疫系にさまざまな良い影響を与えます。腸内細菌叢のバランスが整い、腸内環境が改善されることで、消化・吸収がスムーズになります。また、(2)のプレバイオティクスと組み合わせることで短鎖脂肪酸の産生が促進され、腸内環境が酸性に傾き、悪玉菌の増殖を抑える効果が期待できます。
さらに、プロバイオティクスは腸の細胞同士のつなぎを強化し、腸粘膜の透過性を正常に保つことで、有害物質やアレルゲンが血流に入り込むのを防ぎ、腸管の恒常性を維持します。
(2) 腸内細菌のエサとなるプレバイオティクスを摂る
- 食物繊維が豊富な食品:ゴボウ、キノコ、海藻、オートミールなど
- オリゴ糖を多く含む食品:ネギ、玉ねぎ、ニラ、ニンニク、ケール、キャベツ、ブロッコリー、豆類、スイカ、ナシなど
- 過剰な抗生物質の使用を控える
必要以上の抗生物質の使用は、腸内細菌のバランスを崩す原因になります。 - 加工食品・添加物の摂取を減らす
人工甘味料や防腐剤は、悪玉菌を増やす可能性があります。
腸内細菌がプレバイオティクスを分解すると、短鎖脂肪酸を含むさまざまな有益な物質が生成されます。短鎖脂肪酸は腸内のpHを下げることで有害な細菌の増殖を抑制し、さらに腸の粘膜を強化することで、アレルゲンの侵入を防ぎます。また、免疫細胞に作用して炎症を抑え、腸管の恒常性維持にも貢献します。
(3) 腸内細菌を乱す要因を避ける
腸内環境が良好であればTh1細胞とTh2細胞のバランスが整いやすくなります。しかし、それだけで完璧にコントロールできるわけではありません。Th1細胞とTh2細胞のバランスには、遺伝、生活習慣、感染歴、ストレスなど、さまざまな要因も関係しています。
腸内環境以外にTh1細胞とTh2細胞のバランスが崩れる要因
(1) 衛生環境の変化
抗生物質やワクチンの普及により感染症が減少し、Th1細胞の刺激が不足するようになりました。また、過度な清潔志向によって、免疫システムが細菌やウイルスに適度に接触する機会が減少しました。その結果、Th2細胞が優位、もしくは過剰になりやすいと考えられています。
(2) 食生活・生活習慣の変化
日本の伝統的な発酵食品や食物繊維の豊富な食材の摂取が減少し、代わりに肉類や高脂肪・高糖質の食事に偏る傾向があります。さらに、ビタミンD不足、ストレス、睡眠不足なども、Th1細胞とTh2細胞のバランスを崩す要因として考えられます。
私たちは細菌の乗り物!?
春・花粉症を切り口に、腸内細菌と免疫システムについてお話してきましたが、いかがでしたでしょうか。
腸内細菌は、食物の消化や栄養の吸収だけでなく、免疫システムの調整にも深く関わっていることをご理解いただけましたら幸いです。
今回は触れませんでしたが、腸内細菌は免疫システムの他にもセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の産生(腸脳相関)にも関与しており、私たちの生命活動に不可欠な存在です。
こうした常在菌は腸だけでなく、体内のあらゆる場所に生息しています。人の細胞数と腸内細菌を含む体内の細菌数は、ほぼ1:1(約39兆個)であると推定されています(Sender et al., 2016)。つまり、私たちは体の半分は微生物によって構成されており、細菌と共生することで初めて生命を維持できる生物と言えます。
日頃の細菌の活躍に感謝をしつつ、腸内細菌の「春支度」を手伝いながら快適な春を迎えましょう!
東京 九段下 免疫細胞療法によるがん治療
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